日本の最南端、沖ノ鳥島を守れ!EEZを守る日本の取り組みとは?沖ノ鳥島の地理、歴史、そしてEEZ
日本の最果ての地、沖ノ鳥島。資源豊富な排他的経済水域を守るため、日本は護岸工事やサンゴ礁再生に挑む。しかし、中国は"岩"と主張し、海洋進出を目論む。領土問題と資源争いが絡み合う中、日本の海洋権益を守る戦いが繰り広げられる。国際社会へのアピールと、環境保全、資源確保の両立が、日本の未来を左右する。
💡 日本の最北端、最東端、最南端、最西端の場所を解説します。
💡 沖ノ鳥島の地理的特徴と、その歴史的変遷について解説します。
💡 中国の主張と日本の対応、そして沖ノ鳥島の将来展望について解説します。
それでは、日本の東西南北の端について、詳しく見ていきましょう。
まずは、日本の四極の場所からご紹介します。
日本の四極と最南端の島
日本の東西南北、端の場所は?
宗谷岬、納沙布岬、波照間島、与那国島
今回は、日本の四極について、そして一般の人がアクセスできる場所についてご紹介しました。
公開日:2023/02/11

✅ 日本の最北端は、択捉島(日本政府が主張する領土)、弁天島(北方領土を除いた場合)、宗谷岬(一般人が行ける場所)の3つが考えられます。
✅ 日本の最南端は、沖ノ鳥島(無人島)、波照間島(人が住む場所)の2つです。
✅ 日本の最東端は南鳥島です。
さらに読む ⇒HugKum(はぐくむ) | 小学館が運営する乳幼児~小学生ママ・パパのための育児情報メディア出典/画像元: https://hugkum.sho.jp/452034日本には、それぞれ異なる「端」が存在し、その場所によって、さまざまな顔を見せますね。
特に、一般の人が行ける場所と、そうでない場所があるのが興味深いです。
日本には、東西南北それぞれに「端」となる場所が存在します。
一般人がアクセス可能な場所としては、最北端は宗谷岬、最東端は納沙布岬、最南端は波照間島、最西端は与那国島です。
本土四島(北海道、本州、四国、九州)での四極は、宗谷岬、佐多岬、納沙布岬、神崎鼻。
本土五島(本土四島+沖縄本島)では、最南端は荒崎、最西端は大嶺崎となります。
そして、日本の最南端には、一般人が訪れることのできない沖ノ鳥島が存在します。
沖ノ鳥島は、東小島と北小島という2つの小島からなり、周囲はコンクリートで固められて保護されています。
へえ、日本ってこんなに端っこがあるんですね!最北端とか最南端とか、ロマンを感じますね。与那国島とか行ってみたいなぁ。
沖ノ鳥島の地理と歴史
沖ノ鳥島、どこにある?そして、いつ日本のものになったの?
東京の南、1968年に日本に返還。
沖ノ鳥島をめぐる国際的な領有権問題について、詳しく見ていきましょう。

✅ 沖ノ鳥島は日本の領土と認められているが、周辺の排他的経済水域(EEZ)の設定について、中国・台湾・韓国は、沖ノ鳥島が「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」に該当しEEZを設定できないと主張している。
✅ 国際海洋法に関する国連条約では「島」と「岩」が定義されており、日本は沖ノ鳥島を「島」としてEEZを設定。一方、他国は沖ノ鳥島は「岩」であると主張し、過去のロッコール島の事例を参考に日本の方針を批判している。
✅ 日本政府は「岩」の定義が条約にないことを根拠にEEZを主張。沖ノ鳥島には人工的な構築物も存在するが、本体は自然に形成されたものであり、EEZの設定に影響を与えるものではないとしている。
さらに読む ⇒Wikiwand出典/画像元: https://www.wikiwand.com/ja/articles/%E6%B2%96%E3%83%8E%E9%B3%A5%E5%B3%B6沖ノ鳥島は、日本の領土として国際的に認められていますが、EEZの設定を巡って、様々な意見があるんですね。
中国の主張や、国際法の解釈の違いなど、複雑な問題が絡み合っています。
沖ノ鳥島は、東京から約1700キロ南に位置し、東西約4.5キロメートル、南北約1.7キロメートルの範囲に広がります。
1922年に測量され、1931年に正式に「沖ノ鳥島」と命名され、東京の一部となりました。
戦後はアメリカの統治下を経て、1968年に小笠原諸島とともに日本に返還されました。
その後、侵食が進んだため、1987年に東京都が海岸保全区域に指定し、現在のような島の形に整備されました。
沖ノ鳥島って、すごい遠いんですね!昔はもっと大きかったのかな?周りのコンクリートとか、なんだかちょっと悲しい気持ちになりますね…。
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日本のEEZを守る沖ノ鳥島。資源と海洋権益を狙う中国との攻防! 温暖化や中国の圧力に屈せず、日本の領土を守り抜け! 環境保全と資源確保の両立がカギ。