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田部井淳子さんの軌跡:女性初の快挙から、病と向き合い貫いた生き方とは?エベレスト登頂から晩年まで、登山家・田部井淳子さんの生涯

世界初のエベレスト登頂を果たした登山家、田部井淳子。記録のためではなく、純粋な好奇心で山を愛し、女性登山への道を切り拓いた。病と闘いながらも、被災地支援や環境保護活動に力を注ぎ、その生き方は多くの人々に勇気を与えた。夫・政伸さんが語る、彼女の強さと愛情、そして最期の言葉。「面白かった。やるだけのことはやったぞ」その言葉に込められた、充実した人生を振り返る。

病との闘い、そして最後まで貫いた生き方

田部井淳子さんの生き方、最も印象的なのは?

病気と闘いながら、やりたい事を優先した

田部井淳子さんは、エベレスト登頂という輝かしい功績を残す傍ら、3度のがんと闘いました。

病に屈することなく、最後まで自分の人生を全うしたその生き様は、多くの人々に感動を与えました。

田部井淳子、癌と闘いながら生涯現役を貫いた女性登山家を特集!

公開日:2019/01/13

田部井淳子、癌と闘いながら生涯現役を貫いた女性登山家を特集!

✅ 田部井淳子さんは、女性初の女性エベレスト登頂を達成し、国内外で数々の登山を成功させた登山家です。

✅ 登山家としてだけでなく、山岳環境保護活動や震災後の支援活動にも取り組み、社会貢献に尽力しました。

✅ 夫と子供がいる中でエベレスト登頂を達成し、ブログや著作を通じて登山の普及にも貢献しました。

さらに読む ⇒【YAMA HACK】日本最大級の登山マガジン - ヤマハック出典/画像元: https://yamahack.com/758

病気になっても、自分のやりたいことを優先し、積極的に活動を続けたという田部井さんの生き方は、本当に尊敬します。

ご家族の支えも大きかったのでしょうね。

田部井さんは、77歳で逝去するまでに3度にわたりがんと闘いました。

2007年の初期乳がん発覚後、2012年3月にはがん性腹膜炎と診断され、余命宣告を受けます。

しかし、彼女は病気になっても病人になることを拒み、自分のやりたいことを優先しました

末期には抗がん剤治療をやめ、被災地の高校生と富士山登頂に挑戦するなど、最後まで積極的に活動しました。

夫の政伸さんは、乳がん、腹膜がん、脳腫瘍と病状が悪化する中でも、常に前向きに生き、周囲に心配をかけない淳子さんの意思を尊重し、彼女の活動をサポートしました。

政伸さんは、運転や家事を担当し、子供たちも協力して支えました。

彼女の晩年は、エベレスト登頂時に捨てた酸素ボンベへの後悔から、山岳環境保護に力を注ぎました。

抗がん剤治療をやめて、被災地の高校生と富士山登頂に挑戦って、すごいですよね。私も、自分のやりたいことを諦めずに、最後まで楽しんで生きたいです。

充実した人生、そして周囲への影響

エベレスト女性初登頂!田部井さんの偉業とは?

女性初の7大陸最高峰登頂者!

田部井淳子さんは、数々の登山を成功させ、女性登山界に大きな影響を与えました。

エベレスト登頂後も、自身の経験を活かし、様々な活動を通して、周囲の人々を勇気づけました。

エベレストから自然保護、そして次世代育成へ。田部井淳子が残したもの
エベレストから自然保護、そして次世代育成へ。田部井淳子が残したもの

✅ 田部井淳子は、幼少期の那須岳での経験を原点に、大学進学後に登山を始め、エベレスト登頂を達成。その後も世界の登山家との交流や環境問題への取り組み、東日本大震災後の被災地支援など、生涯を通じて活動を続けた。

✅ 女性だけの海外遠征を目指し、アンナプルナⅢ峰登頂に成功。その後、エベレスト登頂を実現し、世界の女性に勇気を与えた。

✅ 結婚後も登山を続け、子育てをしながらエベレスト登頂を目指した。登頂後は、登山という枠を超えて、世界の女性たちに影響を与え、その後の活動へと繋がった。

さらに読む ⇒山好きのための登山情報サイト - 山と溪谷オンライン出典/画像元: https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=4394

エベレスト登頂だけでなく、その後の環境保護活動や、被災地支援にも尽力されたという点が素晴らしいですね。

彼女の「面白かった。

やるだけのことはやったぞ」という言葉、本当に素敵です。

田部井さんは、昭和女子大卒業後、社会人山岳会を経て、1969年に女子登攀クラブを設立しました。

70年にはアンナプルナⅢ峰に日本女性初登頂を果たし、75年にはエベレストに女性世界初登頂という快挙を成し遂げました。

その後も、シシャパンマや各大陸の最高峰を制覇し、女性初の7大陸最高峰登頂者となりました。

登山を通して環境保護活動にも尽力し、エベレストのごみ問題の研究を行い、環境大臣賞も受賞しました。

著作やテレビ出演を通して山の魅力を発信しました。

彼女の生き方は、夫や家族、周囲の人々に深い影響を与えました。

「面白かった。

やるだけのことはやったぞ」という言葉は、彼女の充実した人生を象徴しています。

エベレストのごみ問題に取り組んだり、環境大臣賞を受賞したり、すごいですね。私も、旅行先でゴミを拾ったり、環境に配慮した行動を心がけたいです。

夫が語る、妻・田部井淳子の最期

田部井淳子さんの夫、政伸さんの心境は?

前向きに生き、声を聞き続ける。

田部井淳子さんの夫である政伸さんが、妻の闘病生活と、彼女の登山への情熱を支えた日々を振り返ります。

最期まで登山への情熱を燃やし続けた淳子さんの姿、そしてそれを支えた政伸さんの想いを紐解いていきます。

田部井政伸さん]最後は病室から山へ
田部井政伸さん]最後は病室から山へ

✅ 女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功した登山家の田部井淳子さんの夫である政伸さんが、妻の闘病と登山を支えた日々を振り返り、感謝の気持ちを語っています。

✅ 淳子さんは3度の癌を患いながらも、登山や講演活動を精力的に行い、夫は治療をサポート。病気を理由にやりたいことを諦めず、最後まで好きなことを貫く淳子さんの意思を尊重しました。

✅ 最期の時まで登山への情熱を持ち続けた淳子さんを支え、共に時間を過ごした政伸さんは、淳子さんの生き方を誇りに思い、感謝の気持ちを抱いています。

さらに読む ⇒読売新聞オンライン : ニュース&お得サイト出典/画像元: https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20170615-OYTET50021/

政伸さんの「彼女の声が聞こえるように、前向きに生きていこうと決意」という言葉、感動しますね。

ご夫婦の深い愛情を感じます。

田部井さんの夫である政伸さんは、淳子さんの闘病と彼女を支えた日々を振り返っています

政伸さんは、淳子さんの最期のメッセージを受け取り、彼女の死後も、彼女の声が聞こえるように、前向きに生きていこうと決意しています。

今年7月の富士登山が最後の登山となりました。

政伸さんは、常に明るく前向きな姿勢を語っています。

私も、いつかこんな風に、大切な人と共に人生を歩めたらいいなと思いました。

本日は、登山家・田部井淳子さんの類まれな人生と、彼女が私たちに残した偉大な功績についてご紹介しました。

その生き方に心から敬意を表します。

🚩 結論!

💡 田部井淳子さんは、女性初の女性エベレスト登頂を成し遂げ、女性登山界を大きく発展させました。

💡 病と闘いながらも、最後まで登山を愛し、積極的に活動を続けました。

💡 彼女の生き方は、多くの人々に勇気と希望を与え、周囲に大きな影響を与えました。